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1日働いて、ギャラが500円だった

  • 執筆者の写真: MEGURU
    MEGURU
  • 2025年12月29日
  • 読了時間: 4分

大学院を卒業して、

私は

「首席なのにニート」

でした・・・。

 

プロオケのオーディションは、

落ちました。

 

大手音楽教室の採用試験も、

落ちました。

 

ある日、

大学院の掲示板に

音楽教室の求人が出ていました。

 

大手ではありませんでしたが、

縋るような気持ちで

応募しました。

 

採用されました。

 

音楽教室での仕事は、

生徒へのレッスンと、

発表会のサポートでした。

 

12月、

発表会がありました。

 

朝9時から夕方18時まで、

1日中、会場にいました。

 

生徒の演奏を聴いて、

サポートをして、

1日が終わりました。

 

後日

給料明細に

 

発表会報酬500円

 

と書いてありました。

 

え?

 

1日働いて

500円😱?

 

他の講師も

同じ500円でした。

 

「これが、音楽家の価値なのか?」

 

「私は、1日中働いて

 500円の価値だったのか?」

 

絶望しました。

 

頑張って2年在籍しましたが

苦痛の方が大きくなり

その教室を辞めました。

 

他にも、

いろんな仕事をしました。

 

結婚式場での演奏。 

イベントやレストランでの演奏。だれかのパーティーでの演奏。・・・赤字のコンサート。

 

自宅レッスン。 

 

最初は1人でしたが、

だんだん増えて10人以上になりました。

 

でも

レッスン料をいくら取ればいいのか

わかりませんでした。

同業者のホームページを見て、

なんとなく値段を揃えていました。

 

他の先生より高くならないように

気をつけていました。

 

 

ここでも、

自分の価値ではなく 

他人からどう思われるかを

ずっと気にしていました。

 

そして

早朝コンビニバイト。

 

朝6時から朝9時まで、

家の近くのコンビニで働きました。

 

正直、

コンビニの収入の方が

音楽の収入より

高かったこともありました。

 

朝6時から

デートに誘ってくる

職業不詳のおじさんたちをかわしつつ笑、

 

ヤンキーとレジでペアを組んだり、

突然相方が飛んだり、

 

いろいろありました。

 

でも、

店長が小中学校の同級生だったので

わりと働きやすかったです。

 

世界には、

いろんな人たちがいるな〜

 

クラシックの世界にいては

絶対に交わらない人たちの生活を

垣間見ていました。

 

そして

25歳で結婚しました。

 

コンビニバイトは辞めましたが、

 

相変わらず、

薄利多売で

 

忙しいのに稼げない

音楽家として働いていました。

 

結婚式の演奏は、

新郎新婦の一生で一番素敵な場面に

携われて、

 

毎回嬉しかったです。

 

しかし

だんだん疑問を持ち始めました。

 

朝から2時間かけて通勤し、

讃美歌やアメージンググレースを

ちょっと吹いて帰る。

 

 これは、

 私が絶対にやらなきゃいけない仕事なのかな?

 

コンサート活動も

続けていました。

 

誰かが言った言葉に

縛られていました。

 

「人前で演奏しなくなったら、

 終わりだよね」

 

 

もちろん、

お客様が楽しんでくれるのは

嬉しかったです。

 

しかし

毎週違うコンサートのリハーサルを

違う人たちとこなし、

 

人付き合いもそつなくこなすのが、

もともと陰キャの私には精神的にしんどかったです。

 

チケットを売らなければ・・・

なるべく赤字が出ないようにしなきゃ・・・ 

毎回コンサート前は憂鬱でした。

 

同業者のコンサートに行ったり、

来てもらったり、

 

一体、

誰のために何を

やってるんだろう?

 

そう思いました。

 

でも、

関係を壊したくない。

居場所を失いたくない。

 

そんな気持ちもありました。

 

振り返ってみると、

 

私は、

「自分の価値」を

全く分かっていませんでした。

 

1日働いて500円のギャラ。

 

レッスン料も、

他の先生に合わせる。

 

コンサートも、

みんなやってるからという理由で

赤字でも続ける。

 

すべて、

他人が決めた価値観で

生きていました。

 

「音楽教室が決めた500円」

 

「同業者が決めたレッスン料」

 

「誰かが言った言葉」

 

自分の価値を、

他人に決めさせていました。

 

もしかしたら、

今これを読んでいるあなたも、

 

「先生に認められないと、

 私には価値がない」

 

「周りと比較して、

 私は下手だ」

 

「もっと練習しなきゃ、

 意味がない」

 

そんな風に

 

他人の評価や言葉に

 

縛られていませんか?

 

 

私は

他人に自分の価値を

決めさせていました。

 

そして、

自分の価値が

わからなくなりました。

 

 

私の価値は

他人が決めるものじゃない。

 

先生の評価も

コンクールの結果も

周りと比較した

「上手い・下手」も

 

それは

私の本当の価値じゃない。

 

でも、

当時の私は、

まだそのことに

気づいていませんでした。

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