自分の価値がわからなくなって、体が壊れた
- MEGURU

- 2025年12月29日
- 読了時間: 4分
評価なんて、 場所が変われば
人が変われば 簡単に変わってしまう。
大学4年、冬。 卒業試験の結果が出ました。
まあまあ、いい成績でした。
そして、 いくつかのコンサートへの推薦を いただきました。
「やった!」
そう思いました。 4年間、頑張ってきた成果が やっと出た。
そう感じていました。
しかし 推薦コンサートの説明会に行って 蓋を開けたら
チケットノルマが 20万円分もありました。
え…😱?
あまりにも高額で 言葉が出ませんでした。
説明会の後 事務の人に
「辞退って出来ますか?…」
と聞いてみました。
そしたら、こう言われました。
「このコンサートに出られるって とっても名誉なことなんだから、 辞退する人なんていませんよ。
チケットは頑張って捌いてください
プロとしてやっていくなら これくらい売らないと
断れるわけもなく
しかし 20万円分のチケットを 全額捌ける能力もなく
結局、 大赤字でした。
いい成績を取って 大学を卒業したところで
膨大なチケットノルマを払って コンサートに 出させていただく
これがプロなのでしょうか。
悔しくて涙が出ました。
当時、音大を卒業した人は いくつかの道がありました。
就職する人。 フリーとして活動する人。
留学する人。 大学院に進む人。 自衛隊に就職する人。
私は 「まだ学びを続けたい」 と思っていたので 大学院という選択をしました。
しかし、 このまま東京に残り続ける気力は ありませんでした。
大学4年の夏頃、 高校の時のD先生に進路相談をしました。
D先生は、 名古屋芸術大学の大学院で 講師もされていました。
「うちの大学院、来ればいいよ」
そう言ってくれました。
私はまた 導かれるまま、 先生のいる大学へと 戻っていきました。
大学院の環境は、 とても穏やかでした。
まず
東京の音大を出て この大学院に来るっていう人が ほぼいませんでした。
同期からも、 「国立出身? うち(名芸)に 何しにきたんですか?」
と言われました。
国立音大では
「普通だね」と
言われ続けていた私が
大学院では
「すごい人が来た!」
みたいな扱いになりました。
やっぱりここでも 自分の価値が 180度変わっている。
国立では「普通」。 名芸では「すごい人」。
評価なんて、 場所が変われば
人が変われば 簡単に変わってしまう。
大学院の先生たちも、 基本的にとてもいい先生が 多かったと思います。
D先生は、 かなり張り切って 私のレッスンをしてくれました。
しかし 大学4年間で 自分なりに考える自主性を 身につけた私に対して
「自分の指導通りに演奏させる」 という先生のスタイルが
私の中で 合わなくなってきたんだと思います。
それに 東京に残った同期たちは
東京の大学院に進学したり 留学をして、
さらに技術を磨いている。
SNSで情報を見れば見るほど 自分が取り残されているような 感じがして
焦りました。
「私は、何者なんだろう?」
東京では「普通」。
愛知では「すごい人」。
でも、 同期は留学して さらに上を目指している。
私は、ここでいいのか?
いい成績を取っても、 20万円のチケットノルマしかない世界。
いくら褒められても ノルマを払って コンサートに出させてもらう。
悔しい。
悔しい。
悔しい。 |
おそらく、 環境の変化や ストレスが 積み重なったのだと思います。
気づいたら、 左手が動かなく なっていました。
診断は ジストニアでした。
「上手くなれば 価値がある人間になる」
そう信じて 頑張ってきました。
でも 評価は場所や人によって コロコロ変わる。
「普通」と言われたり 「すごい人」と言われたり
私はずっと何をしてきたんだろう・・・。
そして 体が壊れました。
もし今、 自分の能力と存在価値で 悩んでいたら 伝えたいことがあります。
評価は相対的です。
それで自分の 価値を測ろうとすると
自分を見失います。
そして 私のように 体が壊れるかもしれません。
私は 何かを間違えていたのかも しれません。 |
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