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『君は、普通だね』と笑われた日

  • 執筆者の写真: MEGURU
    MEGURU
  • 2025年12月26日
  • 読了時間: 3分

国立音楽大学フルート専攻。

同期は18人。


私のエチュードの進みは

ダントツで1番でした。



高校時代からD先生の基礎練習を

しっかりやってきた成果が

出ていたのだと思います。



でも、 入学して半年経った頃には

気づいていました。



私は、 普通なんだな。




飛び抜けて上手いわけでもない。


もちろん、

めちゃくちゃ下手でもない。



普通。


音楽の世界では、

「普通」は「凡人」と同じ意味です。



「才能がない」

「特別じゃない」

「プロにはなれない」



そういう意味なのです。



O先生は言いました。


「曲は自分で探して持ってきてね」




高校までは

「次はこの曲ね」

と言われていました。



D先生にしっかりついていくんだよ。



そう言われて

導かれるままに進んできました。



選択肢はありませんでした。



でも大学では違いました。


急に自主性を求められました。




困惑しました。



自分には今どの曲が必要なのか?


テクニック?

音楽性?




何を基準に選べばいいのか

わかりませんでした。




今振り返ると O先生は


「今の自分に足りない所を学べる曲を

自分で理解して持ってきなさい」



というスタイルだったのだと思います。



でも当時の私は

自分の意思で

考えて決断するということ


してこなかったのだと

気づきました。



O先生は怒ることはありませんでした。



特別褒めることも

ありませんでした。



「君は普通だね」



4年間

ずっとそう言われ続けました。



そう言った後、

先生は軽く笑いました。



悪気はなかったのだと思います。




でも、その笑い声が

ずっと記憶に残っています。




「普通」という言葉と、

フフっという

あの笑い声が。




これは『演奏が普通』だ

という意味なんです。




でも当時の私は

楽器と自分の価値を

混同していたので




自分の存在価値が普通だと

言われている気がしていました。



音楽の世界では

「普通」は存在価値がない。


プロになれるのは

「特別」な人だけ。



そう思い込んでいました。



「普通」=「終わってる」



だから私は苦しみました。


一番苦しかったのは

これでした。


高校時代、

D先生は私を「優秀」だと

思っていました。


「真面目にクソがついてるぞ」



そう言って、

私の努力を認めてくれていました。



でも大学では、

O先生は私を「普通」だと

言いました。


いったい私は何者なんだろう?



優秀なの?

凡人なの?

才能があるの?

才能がないの?



自分の存在価値を

疑い始めました。



私は技術で評価されてきました。




エチュードの進みはダントツで1番。

技術には自信がありました。



しかしO先生は

技術一辺倒の私を

評価しませんでした。




「普通だね」



技術=存在価値だった私にとって

これは存在の否定でした。




エチュードは1番なのに、

「普通」。



何かに秀でているはずなのに、

「普通」。




この矛盾が私を苦しめました。



導かれる人生から自分で選ぶ人生へ。




でも私は選び方を知りませんでした。




自分に必要な曲が

わかりませんでした。



だから 「普通」のままでした。


高校で育った

「楽器のうまさ=存在価値」 という歪みは


相変わらず

私を縛り続けていました。


大学ではさらに苦しくなりました。


とにかく 「普通」という

レッテルから逃げたかった。



どうすれば「特別」に

なれるのか。



そもそも

「特別」って何なのか。



私は毎日そればかり

考えるようになりました。



そしてこの問いは

音楽の世界だけの話では

なかったのかもしれません。




「普通じゃダメなのか?」




この問いを抱えて

私は4年間を過ごすことに

なりました。

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