親友のEちゃんが藝大を辞めた
- MEGURU

- 2025年12月27日
- 読了時間: 3分
大学2年。
藝大に入った高校の同期、
Eちゃんと
連絡が取れなくなりました。
いつもメールや電話で
「親友」として気兼ねなく
くだらない話で
何時間も盛り上がっていたのに。
ある日を界にメールも電話も
出てくれなくなった。
その年の秋頃。
国立音大の友人から
「Eちゃん、藝大辞めたらしいよ」
と聞きました。
え?
正直、驚きました。
あんなに自分で選んで、
東京藝大に入学したのに。
しばらくして、
Eちゃんと再会する
機会がありました。
「なんで辞めたの?」
そう聞くと、
Eちゃんはこう答えました。
「圧倒的な才能を目の前にして、
自分が藝大にいる意味が
わからなくなった」
その言葉を聞いた瞬間
私も、同じだった。
そう思いました。
私も、大学に入って
「普通だね」と言われて
「楽器がうまくなければ
存在価値がない」
そう思い込んでいました。
Eちゃんも、
同じ呪いに
苦しんでいたんだと思います。
でも、
私は辞めませんでした。
なぜか?
それは
「フルートしかない」状態から
少しだけ離れられる
場所があったからです。
学芸員課程の授業。
生涯学習論や
博物館概論を学び
毎週、美術館や博物館を巡って
展示方法や企画展を見て回る。
そこでは、
「楽器のうまさ」
なんて関係ありませんでした。
どう伝えるか。
どう魅せるか。
どう学びを届けるか。
フルートの世界とは
全く違う価値観がありました。
ほんの少しのことでしたが
それが私にとっては
大きな息抜き
だったのかもしれません。
もしフルート専攻の世界だけに
閉じこもっていたら・・・。
Eちゃんが
藝大を辞めたと聞いたとき
周囲はいろいろ言いました。
「藝大なのにもったいない」
「せっかく受かったのに」
私は思いました。
辞めるのも、続けるのも
本人の自由だ。
「藝大卒」という肩書きが
そんなに大事なのか?
音楽を楽しめないなら、
辞める選択もありだと思う。
私は、Eちゃんを
責める気持ちには
なりませんでした。
むしろ、
自分で決断できたことが
すごいと思いました。
Eちゃんは、藝大を辞めた後
リペアマン(楽器修理職人)
になるための
専門学校に入り直しました。
現在は「古田土フルート工房」で
特殊管を製造する
職人として働いています。
演奏家ではなく
別の形でフルートと
関わり続ける道を選んだのです。
「演奏しなくても、
フルートとは繋がっていたかった」
そんな想いが、
彼女の選択に
あったのかもしれません。
今でも、たまに会って
くだらない話や
過去の話を笑いながら
近況報告し合える
大事な友人の一人です。
Eちゃんは
「演奏すること」を辞めた。
でも、
「フルートと関わること」は
辞めなかった。
彼女は、自分なりの道を見つけた。
一方、私は?
私は国立音楽大学を卒業し
演奏家として生きる道を選びました。
しかし
「楽器のうまさ=存在価値」
という呪いは、
まだ解けていませんでした。
むしろ、
卒業後、その呪いは
もっと深く
私を苦しめることになります。
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