top of page

口から心臓が出そうだった、初めてのコンクール

  • 執筆者の写真: MEGURU
    MEGURU
  • 2025年12月5日
  • 読了時間: 4分

「このフレーズは どんな気持ち?」 K先生が私に尋ねます。

 

 

 

「…………」

 

 

 

私は答えられませんでした。 中学2年生になった私は  相変わらず無口で

無表情でした。 

「音楽表現」を言葉にするのが

とても苦手でした。

 

「わかりません」

 

 

すら言えませんでした。

 

 

 

私は人生で初めて

「全日本学生音楽コンクール」に 挑戦することになりました。 

このコンクールが音楽家の卵達の登竜門であり とても権威がある

コンクールだとも知らずに。 

 

 

予選の課題曲は 無伴奏のエチュード2曲。 


おそらく 音楽表現を見る曲が1曲 テクニックが必要な曲が1曲

だったと思います。

 

K先生のレッスンは、いつも以上に

「音楽表現」に

厳しくなりました。

 

「ここは明るいけど、

 こっちは暗い感じするよね?」

 

 

 

「このフレーズの後は

どういう気持ちになる?」 

 

先生は無口で無表情の私から なんとか考えを引き出そうとしてくれていました。 

 

今振り返ると、そう思います。 

でも当時の私は

 「…………」 

 

・・まさかの無言を貫いていました。。 

それに、 ビブラートが苦手でした。

感情とビブラートが

うまくマッチしない。

 

自分でも、 なんだかぎこちない。

 

この違和感を解決できないまま 予選の日が来てしまいました。 

会場は、 名古屋のホール。

 

古くて薄暗いのが

なんか嫌でした笑

 

 

会場に着いてから ずっと腹痛と戦っていました。。

 

 

トイレに何度も行きました。。

 

 

 

舞台裏で

自分の出番を待ちます。

 

 

 

薄暗〜い舞台袖で、  一人前の演奏者の音が聞こえてきます。 

 

 

口から心臓が出そうなくらい ドキドキしていました。 

 

手が震えていました。 

 

フルートを握る指が

冷たくなっていました。

 

名前が呼ばれ、舞台に出ます。 

 

 

ほっそいフルート1本で

舞台中央に立った私。 

 

 

広大なホールの大きさ。 (今そのホールを見ると 「割とこじんまりしてるな」 と思えるんですけどね笑) 

 

中央に陣取る審査員のおじさんたち。 眩しいライト。

 

お辞儀をして

フルートを構えます。 

 

息を吸いました。 

 

そして

吹き始めました。 

 


その瞬間、

審査員たちが 一斉に鉛筆を走らせました。 

カリカリカリカリ。

 

 

 

鉛筆の音なんて

聞こえないはずなのに、 

 

 「わわ、私の欠点を書いてるんだ・・・!!」 

 

もうパニックですw 


・・・どこまでネガティブなんでしょうか笑 

 

 

頭が真っ白でした。 

 

何を吹いているのか 自分でもよくわかりませんでした。 

 

でも

なぜか指は動いていました。 

 


K先生の暗譜レッスンのおかげか 指だけは

私の心情と関係なく 機械的に動いていました。 

 

 

 

ノーミスでした。 

 

「終わった…」

逃げるように舞台を去りました。

 

 

結果発表は  ホールのロビーで行われました。

 

審査員の方が

 白いロール紙を颯爽と持ってきて


ちょっと勿体ぶって 

バーン!と  

ホワイトボードに貼りました。

 

 

人が集まります。 私も近づきました。

 

まさか、 まさか、  


自分の名前がありました。

 


「…えぇ😭??」

 

 

それが、

最初の感情でした。


嬉しい

というより 

「またあのステージで

ガクブルするのか…」 

 


まだ何も起こっていないのに 一気に緊張と不安が

押し寄せました。 

 


他の重鎮の先生のお弟子さんたち (※同じ中学生)は、 とても落ち着いていました。 

「コンクール慣れ」 しているように見えました。 

「私が通って当然よ」 みたいな子もいて、 

自分のメンタルとの差を思い知らされました。

 

落選して帰っていく子と 本選に向けて説明会のため残る子。 

 

 

「選ばれなかった人」と「 選ばれた人」。  

その二者間の空気感が

なんとも居心地悪かったのを

覚えています。 

 

私は 「選ばれた側」にいました。 でも

 全然嬉しくなかったんです。 

 

ただ、 「また緊張するんだ」 と思っていました。

 

 

 

でも、 この予選通過が

 

私の人生を大きく変える 本選に繋がっていくとは 


この時は知る由も

ありませんでした。

最新記事

すべて表示
暇を埋めるだけの仕事で心身を壊した

20代後半。 私は、とにかく忙しかった。   結婚式の演奏、   レッスン、   赤字のコンサート。     でも、 まだ足りないと思っていました。     フルートのレッスンは、   学校や会社が終わった 夕方以降に需要がありました。     平日の昼間は あまりレッスンの需要が ありませんでした。     「昼間も働きたい」       そう思って、 幼児の音楽教育に 興味を持ちました。  

 
 
 
1日働いて、ギャラが500円だった

大学院を卒業して、 私は 「首席なのにニート」 でした・・・。   プロオケのオーディションは、 落ちました。   大手音楽教室の採用試験も、 落ちました。   ある日、 大学院の掲示板に 音楽教室の求人が出ていました。   大手ではありませんでしたが、 縋るような気持ちで 応募しました。   採用されました。   音楽教室での仕事は、 生徒へのレッスンと、 発表会のサポートでした。   12月、

 
 
 
首席で卒業したのにニートだった

ジストニアになってから 皮肉なことに   今まで 「ノーミスでどんな難しい曲でも 完璧に吹ける私」   というものは   どこにも存在しなくなっていました。     大学院を休学しようか 迷いました。     しかし、 休学したところで 指が治るわけでもない。     だったら このまま卒業しよう。     そう決めました。     D先生にも相談しました。     「ボクはそんな状態になったこと

 
 
 

コメント


bottom of page