次の師匠は、プロオケの首席だった
- MEGURU

- 12月5日
- 読了時間: 5分
前回は、 人生最高の演奏をして
1位になれなかった日の話をしました。
圧倒的な才能を前に
「行ってやるんだ」 と決めた日でした。
そんな目まぐるしくも 人生の転機となった 中2もあっという間に過ぎ
気づけば高校の進路選択を考える
時期になっていました。
新学期、 K先生が言いました。
「音楽科っていうのもあるよ」
音楽科?
私は、 それまで全然高校について知りませんでした。
「普通科に行ってレッスン続けてもいいし、
音楽科に進学して音大を目指すっていう方法もあるよ」
K先生は、 二つの選択肢を教えてくれました。
迷いはありませんでした。
コンクールで見た音楽の広い世界。
自分がいた狭い世界。
そして、 世の中にはすごい
才能を持った人たちがたくさんいるということを
目の当たりにして、
音楽の世界をもっと知りたい
と思っていました。
迷わず音楽科を選択しました。
K先生は言いました。
「音楽高校を受験するなら、 その高校で教えている先生に レッスンを見てもらった方がいいと思う」
その先生は D先生といいました。
当時40代の男性で、
高校の音楽科と音楽大学で講師
そして
プロオケの首席奏者
でした。
中学3年生の私にとって
大学の先生にレッスンを見てもらうっていうことが
とんでもなく
すごいことに思えました。
K先生のレッスンですら緊張していたので
一体どんなにすごい先生なんだろう。
嬉しさよりも、 やっぱり
不安・緊張の方が強かったです。
K先生から 「手土産を持っていくように」 と言われて、
母とK先生と一緒に
D先生のご自宅へ 伺いました。
私は、 ちょっとドキドキ
少しワクワク みたいな感じでした。
D先生に見せるための
エチュードを K先生のレッスンで
かなり見てもらって
割と完璧な状態にして
持って行った記憶があります。
D先生のご自宅はとんでもない
高級住宅街にありました。
「ほえ〜っ😳」
っと周りの景色に見入りつつ
D先生のご自宅に入りました。
・・・レッスン室が
とんでもなくおしゃれでした。
西洋アンティークっぽいテーブル。 猫足のついた椅子。
ペルシャ絨毯。 膨大なレコード。 アップライトピアノ。
書棚には膨大な楽譜が 綺麗に収納されていました。
いかにも
「ザ・音楽家のレッスン室」
という感じでした。
壁にはD先生の学生時代の写真や リサイタルの時の大きい
ポスターなどが貼ってありました。
わー、 すごい!
音楽家の部屋だ!
それが第一印象でした。
でも、 ここで私は気づいたのです。
私よりも、 K先生の方が緊張していることに。
なんでだろう?って思ったんですが
今考えれば
自分の弟子を自分より上の先生に 紹介するっていうことは
K先生にとっても
自分の指導方法を全部
見せることにもなるんですよね。
D先生は、 K先生がどんな指導を
私にしてきたかも
私の音を聴けば全て把握できるわけです。
私は当時自分のことしか考えていませんでしたが、
今、 講師の立場になって考えると
やはり、大学の先生に自分の弟子を紹介するって
なかなか緊張することだよなと思います。
K先生も緊張することってあるんだ、 と意外に思った記憶があります。
D先生は、 とても優しそうな顔をされていて 穏やかな方でした。
エチュードを吹いた時に
結構褒めてくださったのを
覚えています。
そして、
D先生の音を初めて聞きました。
K先生の音は、 艶やかでキラキラしていて すごく女性的な音でした。
でも、 男性のD先生はどっちかというと
湿度10%
みたいなカラっとした音
でした。
さらにとんでもなく
“爆音”
でした。
男性と女性でこんなに違うんだ。
という新発見をした日にもなりました。
D先生のレッスンは
2週間に一度通うことになりました。
K先生のレッスンの内容は、 「D先生のレッスンを見てもらうための準備」 というレッスン内容に変わりました。
今まで、 K先生にはいろいろ音楽表現について
教えていただきましたが、(過去の色々参照)
やはり2人の先生に師事していると 方向性も違ってくるので
K先生は、 その頃からだいぶ 遠慮されていたような気がします。
私が吹いた後に、
「そこのフレーズは D先生は何て言ってたの?
D先生はそういう風に吹いてって言ったのね。
じゃあそれで行きましょう」
というような感じでした。
あくまでも、 D先生の指導を優先するという形になりました。
私は、 時にはK先生の吹き方の方が好きだなーって
思うこともありました。
でも、 D先生は全く正反対のことを
言うこともありました。
どっちの意見を優先
させるべきなのか?
・・・
私に選択肢は
ありませんでした。
私の「好きな方」じゃ
ダメなんだ。
D先生の解釈が100%
という感じでした。
もちろん、 当時気づいていました。
K先生が遠慮している様子を見て、
音楽の師弟関係って
結構厳しいのかな?
という風に思いました。
それでも、 K先生は私のために D先生を紹介してくれて、
私が音楽高校に進むための道を 開いてくれたのです。
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